「本当に、帰れると思ってるんさ?」

唇を軽く触れ合わせたまま、問いかける。

「な…なに…?」

アレンは、何が起こったのか良く分からないままの次の問いかけに、どうやら更に混乱しているようだ。
ただ分かっていることは、俺から距離をとらなきゃいけない。と言うところだろうか。
じりじりとアレンの足が後ろへと逃げていく。
俺はその先に何があるのか知っていて、アレンをじりじりと追い詰めていく。

「俺が、アレンを、リー家に返すと思ってるんさ?」

「何を…うわっ!!?」

アレンの足がベッドに引っ掛かり、その所為で体制を崩した身体は柔らかなその上に落下した。
アレンが身を起こす前に、俺はその身体の上に伸し掛かる。
武術を身に着けているアレンなら、こうして伸し掛かっている相手でも押し退け逃げ出す術を知っている筈。
でも、きっと出来ないだろうことを、俺は確信している。

「ちょっ、退いてください!ふざけるのも大概にっ」

ほらね。アレンは変に生真面目なところがあるから、今現在の主である俺を乱暴に押し退けることなんて出来ないのだ。

「返さねえさ…帰さないっ!」

「何…?…どうして、そんな…?」

肩を押さえつける手に、小刻みに震える感触が伝わってくる。
多分きっと、怖いのだろう。俺の突然の豹変に、意味の掴めない俺の言葉に。

「俺ん所にいるのは、嫌?」

アレンの身体の震えはピタリと止まり、真っ直ぐな綺麗な瞳が俺を見上げる。

「坊ちゃん?」

銀灰の瞳に、情けない俺の顔が映ってるような気がして、見つめ返せなくて俺はアレンの肩口に顔を埋める。

「最初は、嫌…と言うより、不安でした……でも、今は…」

「今、は…?」

「嫌じゃ、ないです……坊ちゃんの傍にいるのは、大変なことも多いけど……でも、その、楽しかったです…」

たどたどしいながらも、正直に伝えてくれる言葉は、そのまま真っ直ぐ俺の中に沁みこんで行く。
俺はアレンの身体をきつく抱きこんだまま、くるりと体勢を変える。

「うわっ!?ちょっ、坊ちゃん!?」

「ラビで良いって、言ったさ?」

「そんなわけにはっ」

俺の上で、アレンが腕を突っ張ったりしてジタバタしてるけど、絶対に放さない。

「家族になるんだから、名前で良いんさ!」

「は!?家族!?」

「そ!アレンは俺の嫁になるんさ!」

「はああああ!?」

「だって、俺。コムイに『アレンを絶対幸せにするから、俺に下さい!』って言ってきたから」

「えええええええええええええええええっ!!???」

あ、アレンが、壊れたさ。





アレンには、『1ヶ月間、俺の所で執事の仕事を学ぶ』という約束を、コムイと交わしたと言っていたのだ。
その方が、難色を示していたアレンも、納得して俺のところに来てくれるだろうって思ったから。
だが、実はかなり違う。
最初から手放すつもりなんかなかったから、アレンの身を、俺に引き取らせてほしいと、コムイに言ったのだ。
勿論、コムイはそう簡単に承諾なんてしてはくれなかった。
実の親に捨てられ、拾ってくれた養父にも病気で死なれてしまったアレンは、養父の遠い親戚だったクロスと言う男に引き取られた。
だがそのクロスも、アレンをコムイに押し付けて、どこかへ旅立ってしまったらしい。
そんな不憫な生い立ちのアレンには、家族として気兼ねなく暮らして欲しいとコムイは言ったそうだが、アレンが自らリー家の執事として働くことを望んだらしい。
そんなアレンの意思を組んで、執事として雇う形で一緒に暮らすようにはしたけれど、コムイもリナリーも皆がアレンを本当の家族のように大事にしていたんだって分かる。
来年の春には、アレンもリナリーと一緒に高校に通わせるとも、コムイは言っていた。
だから、いくら昔なじみであるジジイの孫である俺だからって、アレンは預けられないってはっきり言われた。
だけど俺も、簡単になんか引き下がれなくて。

「土下座したって、本当ですか?」

「はい!?って、何で知って!?」

「リナリーから聞きました」

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