<3>
アレンの部屋を出て、自分の部屋に戻ったラビは結局あの後一睡もすることが出来なかった。
考えることといったらアレンのことばかり。
触れた唇の感触だったり。
揺れる大きな瞳だったり。
どうしても欲しい。
このまま諦めることなど到底無理なほど、想いは膨れ上がり限界値を越えそうなほど好きで堪らない。
「よしっ!決めたさ!」
玉砕するのは正直怖い。
だけどこの想いをもう止められそうもないのなら、突き進むしかない。
昨日のキスで、拒絶はされなかった。(突然のことに驚いてそれどころではなかったとしてもだ。)
恋愛の対象として欠片も見られていないのなら、頑張って頑張って好きになってもらえばいい。
遠まわしでは伝わらない。
まずは今日の芝居の稽古。一番の見せ所であるバルコニーのシーンを完璧にこなして、アレンをまた食事に誘おう。
そしてちゃんと告白するのだ。
昨日みたいに練習台代わりだなんて卑怯な手など使わず、男らしく真っ直ぐアレンに届くように。
「よっしゃ!行くか!」
膝を叩いて立ち上がる。
決心を固めた男の顔は晴れやかで、とても輝きに満ちていた。
なのに意気揚々と向かった先の練習場に、肝心のアレンの姿はなかった。
根が真面目なアレンが、練習時間に遅れるはずがない。それどころかいつも皆が集合する10分前にはスタンバイして台詞を確認したりしているのが常なのだ。
それが5分過ぎた今になっても来る気配がない。
少しだけ心配になって椅子から腰を浮かしかけたところに、廊下をパタパタと駆けてくる音が聞こえてきた。
アレンが来たのかと思いほっとしたのだが、練習場に飛び込んできたのは今回の芝居を取り仕切っているリナリーだった。
「遅れてごめんなさい!」
よっぽど焦ってきたのだろう。膝に手を着いて必死に呼吸を整えている。
「いや、まだアレンが来てないんさ」
「うん。アレンくんなんだけどね、何だか今日ね具合が悪いらしいの」
「…え?」
今朝早くに、リナリーの元にアレンから連絡が入ったらしい。
リナリーの話を聞きながら、ラビの身体から一気に熱が引いていくかのようだった。
―――もしかして、俺のせい?
じくじくと嫌な予感が足元から襲ってくるようなそんな予感がして、ラビはふらりと立ち上がって練習場から出ようとしたが、リナリーの細い腕が腕に絡まって引き止められてしまう。
「アレンくんのところに行きたいんだろうけど、今日はダメ」
「何でさ!?」
「アレンくんから止められてるの、風邪がうつると大変だからって」
本当に風邪なんだとしてもうつろうが構わない。
会いたかった。会って顔を見て、昨日のことがアレンにとっては嫌なことだったのかどうなのか確かめてみないと不安でどうしようもなかった。
「風邪ひいてんならなおさら…」
「だーめ!アレンくんから伝言なの、「僕の分までしっかり練習お願いします」ってしっかり練習して、本番でアレンくんをしっかりフォローしたらきっとラビの株…あがるんじゃない?」
「リナリー…」
きっとリナリーは気付いているのだろう。ラビのアレンに対する気持ちに。
その上で応援してくれているのではないかと思う。
「私じゃ不満かもしれないけど、今日だけ我慢して。ね?」
「不満なんて……お願いするさ、リナリー」
アレンのことは物凄く気になるけれど、今は本番でアレンに恥をかかせないよう支えるためにも、今は自分が出来ることをちゃんとやってそれから会いに行こうと、ラビは教団員たちが忙しい合間を縫って作ってくれた舞台用のセットに向かいスタンバイをする。
「始めるさ」