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アレンも夕べはあまり良く眠れなかった。
ラビのこと。
ラビの想い人のこと。
そして自分の想い。
そんなことをぐるぐると考えているうちに、あっという間に夜が明けていた。そんな感じだった。
まず自分はどうしたら良いのか?
協力するとラビに言ったのだ。約束は決して破らない。
自覚したばかりの胸はまだ痛むけれど、この恋を静かに終わらせるためにもラビの恋を実らせられるよう自分が出来ることをまずしようと、身体を起こすとティムキャンピーを手のひらに乗せた。
そしてリナリーに繋いでもらうと、自分の代役をしてくれるようにと頼んだ。
突然そんなことを言い出したアレンに、最初怪訝な反応を示していたリナリーだったが具合が悪いと伝えたら心配してくれて、そして引き受けてくれたのだった。
様子を見に行くというリナリーに、風邪がうつると大変だからと何とか納得してもらって今日1日は部屋に籠もるつもりでいた。
お腹が空いても具合が悪いことを理由にしてしまったから、食堂に行くことができないのが辛いけれどでも正直ラビに会わなくて済むので良かったと思う。
今、ラビに会ってしまったら抑えようとしている想いが、溢れそうで怖い。諦められなくなりそうで怖い。
一番怖いのは、この気持ちがラビに知られてしまうことだ。
協力するなんて言っておきながら、気持ちが裏切っていることを知られてしまうのが何より怖い。
「僕って、こんなに怖がりだったっけ…」
ポツリ呟き苦笑する。
同じ教団内で生活する以上ずっと会わないでいるなんてことは無理な話で、だからせめて今日は自分の気持ちを整理するためにも会わないように空腹ぐらい我慢して、部屋に籠もり続けよう。
そう思って暫くは部屋で過ごしていたアレンだったのだが、練習時間が近づくにつれ気になり始めてどうにも落ち着かなくなってしまったのだ。
結局そんな気持ちに負けて、アレンはこっそりと部屋を抜け出すといつも練習している場所まで向かった。
練習場所が近づくにつれ聞こえてくるラビの台詞を読み上げる声。
もうそれだけで正直なアレンの心音が高鳴りだす。
明るいいつもの軽めの声も好きだけれど、こんな風に真剣なラビの低めの声は余計にアレンの心を簡単に掻き乱してしまう。
自分を落ち着かせる為に一つ大きく深呼吸すると、アレンは皆に見つからないようにそっと室内を覗き込む。
『ロミオとジュリエット』という作品の中でももっとも有名なシーン。
バルコニーに佇むジュリエットを演じるリナリーに、ロミオを演じるラビが熱く激しい恋心を告げている。
未だセットも中途半端なハリボテ状態で、衣装も身に纏っていないのに二人はとても絵になってアレンの目に映っていた。
でも多分そう見えているのはアレンに限らないだろう。
ギャラリーの視線がうっとりと二人の姿に釘付けになっている。
特に、普段軽く見えがちなラビだが真剣にロミオを演じている様は、誰が見てもとても格好良く女の子たちの熱い視線はその姿を今にも蕩けそうな表情で見つめている。
元々容姿が整っているラビだ。もてない筈がない。
またちりっと胸を焦がす痛み。
見なければ良かったのか?
否。
きっとこれで良かったのだと思う。
ラビには綺麗な女性が似合う。
アレンは来た時同様また静かにその場から離れた。
「どういうことなんさ!?リナリー!」
「私にもわからないの…突然で!」
昨日、練習が終わったその足でラビは真っ先にアレンの部屋へと向かったが、具合が悪くて眠っているのか呼び掛けても返事はなかった。
本当に具合が悪くて起きられずにいるのかと思って心配にもなったが、自分のことには無頓着なアレンが珍しく部屋に鍵をかけていたので無理矢理押し入ることも出来ず、結局会うことは出来なかった。
そうして今に至る。
今日こそ会って話すつもりで練習場にやってきたラビを待っていたのは『アレンがジュリエットの役を降りた』と言うリナリーの言葉だった。
昨日同様、やはり今朝早くにアレンからそういわれたらしい。
「何でさ?」
一昨日の、不意打ちのようにしてしまったキスが原因なのだろうか。
そう考えて、ラビの背中に嫌な汗が伝う。
もう居てもたってもいられない。練習どころじゃなかった。
「アレンのところに行って来る」
「ラビ!…お願いね」
リナリーが不満なのではない。ただ、ジュリエットの役も隣にいて欲しいのもアレンじゃないともう駄目なのだ。
もうアレンしか考えられないのだ。
ラビの足は徐々に速くなり、いつしか駆け出していた。