エンディング
映画を見終わった後と言うよりは、夢から覚めたような感覚で、気がつけば俺は入った時とは違う扉の前に立っていた。
そして入り口にいたのと同じ男も扉の脇に佇んで、また同じように俺を出迎えてくれた。
「如何でしたか?楽しんでいただけたでしょうか?」
「へ!?あ、ああ…」
それはそれは、思い出すだけで涎が出そうなほどに、いろんなアレンを堪能させてもらった。
「それは何よりでした」
男は満足そうに(と言っても口元だけしか見えないのだけれど)微笑むと、また恭しい仕種でもって扉を開けた。
「それでは、お帰りはこちらでございます…気をつけてお帰りください」
男に促されるまま俺は、扉へと近づいていく。
「貴方にも、幸せな未来が訪れますように…」
「ありがとうさ」
眩い光の中に足を踏み出した。
「アレンを………私の大事な、息子を頼むよ…」
「……え!?」
背中へと掛けられた言葉に慌てて振り向くと、仮面を外した男が今度こそ心から微笑んでいるのが見えた。
だがそれも一瞬のことで、あっという間にその男の姿も、俺の姿も真っ白な光に解けるように消えていく。
「あれは……」
「…ビ」
「ん…」
「ビ…ラビ…」
「んん…誰…?」
「起きて、ラビ」
「…ア、レン?」
うっすらと開けた視界の中に、ぼんやりと映る人影が俺を覗き込むようにして見下ろしている。
もしかして、アレンが帰ってきたんさ?
そう思うと同時に、一気に意識が浮上していく。
「アレン!?」
「きゃあ!?」
「へ!?」
勢いで掴んだ手首は思ったより更に細く、驚きに上がった声はアレンのものより高い。
完全にクリアになった視界に映ったのは、待ち焦がれていた人ではなかった。
「なんだ…リナリーか…」
「なんだとは失礼ね、ラビ…私で悪かったわね?」
「うわわ!ゴメンっ、リナリー!いやっ、あのっ、それは!!」
顔はにっこりと可愛らしく笑っているのに、気のせいかこめかみ辺りに貼りついて見える怒りマークに焦って、しどろもどろな返答にしかならなかった。
「ま、今日のところは、一応主役だし?許してあげるから、なるべく早く食堂に来てね」
どうやら誕生パーティーを開いてくれるのだろう、準備が整ったのかリナリーはそれに誘いに来てくれたらしい。
俺の返答も聞かずにリナリーは、言いたいことだけ言い終わると、あっという間に部屋から出て行ってしまった。
「はあ…聞きそびれたさ〜」
何を、なんて決まっている。
もうずっと、暇さえあれば考えていることなんて、たった一つしかない。
「アレン…まだ帰ってきてないんさ?」
早く会いたい。
早く声が聞きたい。
話したいことがあるんさ。
「もしかしたら…」
帰ってきて、食堂にいるのかもしれない。
その考えにいたってからの俺の行動は、我ながら早かったかもしれない。
ベッドから飛び降りて、寝ていた所為でくしゃくしゃになった髪を整えながら、部屋を飛び出した。
向かう先は、勿論食堂。
近づけば聞こえてくるざわめき。
そこに踏み入れた途端、派手なクラッカーの音と、たくさんの人たちからの「おめでとう」の言葉。
どれもこれも嬉しかったけれど、その人々の中にアレンの姿は見当たらなかった。
落胆しそうになったのを無理矢理隠して俺は、準備してくれた皆や、忙しい中集まってくれた皆の為にも楽しむことにした。
そのうちきっとアレンも帰ってくるかもしれない、と言う淡い気持ちを抱いてもいたのだけれど。
一時間経っても、2時間経っても、アレンは食堂に現れなかった。
2時間も経ったころになると、食堂の中は完全に大騒ぎのお祭り状態で、主役が抜け出しても気にする人はいなさそうだ。
アレンのことが気になりすぎて、飲んでも少しも酔いは回って来ず、俺は一緒の席にいたジョニーにだけ風に当たってくるということを告げ、ベランダへと出た。
まだまだ厳しい暑さが続いているが、この教団は高い位置にあることと、風が良い具合に吹いているおかげで気持ちが良かった。
「アレン…今どこにいるんさ?」
いくらでも待つと決めたけし、別に今日の誕生日という日に拘っているわけでもないけれど、それでも早く会いたくて仕方がない。
早く帰ってきて欲しいと切望してしまう。
「ほんと、全然余裕ねえさ…俺」
食堂から漏れてくる賑やかな声が、より一層沸き立っているような気がするけど、戻る気すらおこらない。
「ああ、マジ、重症さ…」
「重症って…怪我でもしたんですか?」
「別に、そう言う意味じゃねえさ……」
そう答えてから数秒後、俺ははっと気づいて、手すりに押し付けていた顔を上げる。
独り言だった筈の言葉に、質問が返されたからではない。
「アレン!」
「主役がこんな所で、何やってるんですか?」
俺はその問いにも答えずに、思わずその身体を引き寄せ、抱きしめてしまっていた。