大きな町の大病院じゃないから、そんなに頻繁に急患が入ることはないし、入院患者も今は片手で数えられるくらいだし、重病人がいるわけでもない。
いたって今は平穏な感じだ。

「まあ、そうですけど…でも、祝うって言っても、突然の事だったんで何も用意してないし…」

周りを見渡したからって、何が出てくるってわけでもないだろうに、アレンはきょろきょろと辺りを見回している。
そんな彼の不意をついて、俺はアレンの腰に腕を回しぐいっと引き寄せると、膝の上に座らせてしまう。

「なっ！？ちょっ！？」

「俺を癒してくれれば、なんもいらないさ？」

「癒すって？？？っていうか、下ろしてくださいよ！！」

「いーやーさー！」

俺に跨った形のアレンは、物凄く恥ずかしいのだろう。
何とか俺の膝から降りようと後ずさって行こうとしているけど、勿論、放しません。
がっちり両手でホールドする。

「祝ってくれるって言ったさ？」

「だからって、なんで僕がラビ先生の膝に座らなきゃならないんですか！？」

「だって、癒してほしいんだもんさ」

「これのどこが癒しだって言うんですか！？」

「充分癒されてるさ」

その証拠に、今の俺の顔、かなりやばいくらいデレデレに崩れてるんじゃないだろうか？
もう顔がニヤけて仕方ないのが、自分でも分かる。

「男の僕に乗っかられて、何で癒されるのか理解できませんよ」

「俺は、アレンだから、こうして癒されてるんだけど？」

１番祝って欲しい子っていうのは、誰でもないアレンのことだ。
今年の春からこの診療所にやってきたアレン。
去年までは、大好きな女の子たちに祝ってもらっていた俺が、今年の誕生日に敢えて休みを取らずに当直にしてもらったのも、アレンが今晩の夜勤担当だって知ったから。
今日の当直だって、無理矢理代わってもらったのだ。
アレンが夜勤じゃなかったら、さりげなく食事に誘って、それとなく誕生日を祝ってもらおうと思っていた。
もっと早くに誕生日がいつなのか教えて、予定を空けてもらうことだって出来ただろうけど、養父の借金で質素な生活を余儀なくされてるアレンに負担はかけたくない。
絶対に、気を使うだろう子だからさ、アレンという子は。
まだ半年も経ってないけれど、分かるんさ。ずっとこの数ヶ月、アレンだけを見てたから。

「ラビ、せんせ？」

「アレンにだから、癒されたい…アレンに、１番祝ってほしかったんさ…」

今度は通じたかな？
なんか、顔、さっきよりもっと真っ赤になってるみたいだから。

「いつもいつも、アレンの笑顔で癒されてる患者さんが羨ましかったさ…」

「は？え、何言って…え？え？」

「だから今日は、俺も癒して？」

本当は、アレンに癒されるのは俺だけで良いのにとか思ってるんだけど。
いや、まじで、俺だけの癒しになって欲しいんさ！
看護師やめさせて、囲うか！？
でもきっと、アレンはこの仕事が好きみたいだから、そんなことしたらマジ嫌われそうな予感がビシビシするし。
仕方ない、譲歩してあげるから。

「仕事以外では、俺だけの癒しになって欲しいんさ…アレン…」

「そ、れって…」

「アレンが好きなんだ……」

「ラビ…先生…」

ちょっとは意識してくれたかな？
さっきよりも、もっともっと、ずっと、首の辺りまで赤くなってるから。

「本気…なんですか？」

「うん」

「僕が、ラビ先生の、癒しになるんですか？」

「うん」

「誰かの、代わりじゃなく？」

「代わりなんかじゃないさ…アレンの代わりも誰も出来ない…」

アレンの瞳がほんの少し潤んで、綺麗だった。

「アレン？」

「本当に、僕で良いんですか？」

「アレンが、いい」

アレンの腕が俺の首にゆっくりと回される。

「アレン？」

「ぼ、くも…ラビ先生のこと、好、きです」

「…………」

恥ずかしそうに、でも、真っ直ぐに見つめてくるきらきらの銀灰の瞳に、つい見惚れてしまったが、なんかもっと大事なことを言われたような。

「えええええええーーーーーーーーーーー！！？？」

「なっ、何でそんなに驚くんですか？」

アレンがちょっと怒ったような顔で、ぷいっとそっぽを向く。
ああ、そんな仕種も可愛いさ。
って、そんなことを思っている場合じゃなくて。

「だってアレン、俺の事なんかまるで興味なさそうだったから…」

「それは…こっちの台詞です…ラビ先生は女の子にしか、興味がないと思ってました…僕に抱きつくのだって、女の子に抱きつけない代わりだって…」

「違うさ…好きじゃなかったら、俺は抱きしめたいなんて思わない」

言葉を肯定するように、俺はアレンの細い身体をギュッときつく抱きしめる。

「アレン…本当に俺のこと、好き？」

「…はい」

「も、最高の、誕生日さ…」

鮮やかに花が咲き誇るように、アレンの笑顔も綺麗に花開いた。