嫉妬深い恋人 1.キスマーク
ラビはもてる。
ラビ自身が「ストライク!」する女の人からは見向きもされなかったりするけど、それ以外の女の人からはかなりもてる。
その証拠に、今も僕の瞳に映るのは女の子たちに囲まれてまんざらでもないラビの姿。
気に入らない。イライラする。
でも僕には、そうする権利は無かった。
それ以上見ていたくなくて、踵を返した僕の背中に聞きなれた声が掛かった。
「お!アレンvv」
だけど僕はその声を無視して、反射的に駆け出していた。
「あれ?アレ〜ン!?」
更にかけられる声を遠くに聞きながら、それでも僕は止まることなく自室まで全速力で走った。
ラビから突然の告白を受けたのはほんの1週間前。
恋愛なんてしたことがない僕は、好きという感情が良く分からなくて返答に困ってしまった。
「俺に告白されて嫌だった?気持ち悪い?」
真剣にそう聞かれてしまって、僕も真剣に考えてみる。
別に嫌悪感は無い。むしろ人から好かれるということは、僕の心をほんのりと暖めてくれるような気がする。
だけどそれが恋愛感情かどうかなんて、今の僕にはさっぱり分からなかった。
だからその気持ちを正直に話した。
「だったら試しに俺と付き合ってみればいいんさ」
「でも…」
「恋愛に疎くたって、普通なら男に告白されただけで生理的嫌悪が働いて、無理だって思うはずさ。でもアレンにはその嫌悪感は無いんだろ?だったら、俺に恋愛感情を抱ける可能性はゼロじゃないってことさ!!」
とかなんとか圧されて圧されて圧され捲って、そして僕がラビの提案を受け入れて付き合い始めた。
付き合い始めてからのラビはといえば、あまりにも甘ったるい雰囲気を醸し出すものだから恥ずかしくて堪らない。
決して嫌なわけじゃない。
ラビから与えられる感情も、キスも抱擁だって。
むしろ最近では心地よくて嬉しい。
二人きりの空間でだったら、多少恥ずかしくてもこそばゆくても構わないけれど、人前でもラビは隠そうとしないから困るのだ。
だから人前では控えるように言ったんだけど。
「無理さ。抑えようと思っても自然にそうなっちまうんだからさ」
ラビはあっけらかんとそう言った。
世の中の恋人たちってこんなにも甘いものなのか?
恋愛初心者の僕には戸惑うことが多すぎて、なんとなく人前では二人でいることを避けてしまっている。
そんな僕にラビは気付いているんだかいないんだか。
とにかくそんな訳で、人前では自分のほうから距離を置いている身としては、ラビに群がる女性たちに嫉妬する権利なんてない。
「へ?嫉…妬?しっと…って、嫉妬!?」
自分の思考に突っ込みつつ、頭を抱えていると背後からカタンという音が聞こえてきた。
「誰が誰に嫉妬したって?」
バッと音がするくらいの勢いで振り返ると、その先にはニヤニヤと笑みを浮かべて扉に背を預けて立っているラビの姿があった。
絶対分かってて問いかけてるのだと、ラビのその顔を見れば分かる。
「な、アレン?さっき俺の事無視したのって、嫉妬だったんさ?」
「な!?だ、誰が!?」
かあああっっと顔が瞬く間に火照ってくるのが分かる。
「ああ!やっぱしアレン可愛いさぁvv」
「ちょ!?ラビっ!?」
がばりと抱きつかれ、そのまま苦しいくらいに抱きしめられてしまう。
「最近避けられてるみたいで、すげぇ不安だったんさ……やっぱり、俺の事好きになれないのかってさ…」
「ラビ…」
「でも、ヤキモチやいてくれたんなら、俺に想いがあるって事さろ?」
「別にヤキモチなんか…」
語尾が小さくなっていく辺り、説得力ないなぁ。
だからそんな否定の言葉などラビが信じる筈もなくて。
「そんな素直じゃないアレンも可愛いさvv」
なんて言われて益々抱き込まれてしまった。
しょうがないなぁ…なんて思いながら僕もラビに身をゆだねる。
ラビの腕の中があまりにも居心地が良くて、だんだん瞼が重くなって意識が沈みかけた。
そんな時だった。首筋にちくりと走る感触。
「ら…び?」
「ん〜?虫除けさぁ…」
「む…し…よけ…?」
「俺のほうがずっとずっと嫉妬深いんさ…アレン…」
「な…に?」
ラビが何か言ったみたいだけど、僕は眠気に勝てず聞き返すことすら上手く出来なかった。
「ウォーカーさ〜んvv」
「アレ〜ン」
何か手伝うことはないかと思って、科学班の元へと行こうとしていたときのことだった。
その向かっていた先から懐かしい顔ぶれが嬉しそうに走り寄ってくるのが見えた。
「蝋花さん!李桂!シイフ!」
アジア支部で世話になった時、特に仲良くしてくれた3人組だった。
久しぶりの再会を喜んでいた4人だったのだが、蝋花と李桂の視線が何かを捉え固まってしまった。
「蝋花?李桂?あの?」
「気にしなくていいよ、アレン。二人はこのまま引き取っていくから」
ショックで固まってしまったままの二人を引きずって、相変わらず一人冷静なシイフが二人を引きずって箱舟からアジア支部へと帰っていった。
「な…何だったんだ?」
「あら?蝋花たち帰っちゃったの?」
突然の出来事に呆然としていた僕に、声を掛けてきたのはリナリーだった。
その手にはトレイに載せられた3人分の飲み物。
蝋花たちがこちらに遊び(?)に来ていると何処からか聞いてきたリナリーが、3人分の飲み物を持って科学班の部屋へと向かうところだったらしい。
箱舟を使うことでアジア支部と本部との行き来がしやすくなったこともあってか、暇を見つけては蝋花たちは遊びに来ていて、必然的にリナリーとも仲が良くなっていたようだ。
特に同じ年頃の女友達がいなかったリナリーにとって、蝋花の存在はとても嬉しいものだったのだろう。
少し残念そうな顔をしていた。
「リナリー…」
「これ、どうしよっか?」
行き所の無くなった飲み物の乗ったトレイをほんの少し持ち上げてみせて、リナリーは困ったと言うように笑った。
と思ったのもつかの間。
リナリーの視線も、先ほどの蝋花たちと同様に何かを捉えて止まった。
「なるほどね…」
「え?何ですか?リナリー」
「気付いてないのね、アレンくん…ここ」
そう言って、首筋の辺りを指差された。
「え?何?」
「うふvv独占欲の強い恋人を持つと、大変ねvv」
そんな意味深な言葉だけを残して、リナリーはじゃあねと言って科学班へと入っていった。
何?僕の首筋が何?っていうか、僕の首筋に何が!?
気になって気になって、僕は急ぎ足で自室まで戻ると鏡に向かって、首筋の辺りを注視してみる。
「なんだろう…これ…」
首筋にあるいつもと違うものといったら、虫に刺されたかのような紅い跡。
でも虫に刺されたにしては痒くもなんともない。
「ぶつけた?」
他の可能性を考えてみるが、どこかにぶつけた記憶なんて微塵もなかった。
「っていうか、ぶつけるって難しいよね〜」
またしても自分の思考に突っ込みを入れてみる。
「何一人で喋ってるんさ?アレ〜ン」
「らっ、ラビ!?」
いつの間に!?
「アレンがキスマーク知らないなんて思わなかったさ〜」
そんなところも可愛いけど…と、なんか訳のわからないことを言いながらラビは苦笑して見せた後、僕の肩を掴んだかと思ったら首筋に顔を埋めてきた。
そしてその直後に襲ったちくりとした痛みのようなものと、ぞくりとするような感じ。
「っラビ?何っ…」
ちゅっと音を立ててラビの唇が離れて行く。
「キスマーク…さ」
言われて鏡を覗き込んでみると、さっき僕を悩ませていた痣とは反対の位置に、前より少し赤みの強い痕がはっきりと残されていた。
「アレンが俺のだって言う証さ♪」
「は…はぁっ!?ちょっ!!なっ!何しちゃってくれてるんですか!?」
顔が熱い様なでも冷えているようなそんな混乱をしてる僕を、ラビは凄い良い顔して抱きしめてきた。
「しゃあないだろ?アレン一緒にいてくんないんだから」
「だって…それは…」
「言ったさぁ…俺は独占欲が強いんだって…」
ラビに抱きこまれたまま、ベッド脇まで追い詰められ、それでもまだ先に進もうとするラビに押されるように、ふたりベッドの上に倒れこんだ。
「ラビ!?」
「恥ずかしがって一緒に居させてもらえないんなら、せめてアレンにはもう愛しい誰かがいるんだって予防線張っとかないとなvv」
襟元を肌蹴させると現れたであろう鎖骨にも、さっきと同じキスマークが付いたであろう感触。
その痣がどうして付くのかとか、それの意味を知ってしまったからには、恥ずかしくて困る。そう思うのに、自分がラビのものだと、その上独占されているのだと思うと嬉しくて幸せだとも思う。
そんなことを思いながら、僕はラビの熱に溺れて行った。
真夜中。
ふと肩先が寒くてぶるりと身を震わせたことで、僕は目が覚めてしまった。
気付くと肌寒いのも当然。ラビに脱がされて裸のままだった肩が剥き出しになっていたのだ。
「寒い…」
パジャマを着ようと身を起こそうとするけれど、身体に回された腕ががっしりと僕を絡めとったまま離れない。
良く見ればラビの方が剥き出しになっている部分が多いのに、寒くないのだろうか。
幸せそうな顔をして眠っているラビを起こしてしまうのも可哀相な気がして、パジャマを着ると言う目的を早々に断念して再び身体を横たえると、自分とラビの肩をもちゃんと被るようにずり落ちていた布団を引っ張り上げた。
温もりが戻ってきたことにほっとし、落ち着いたところで僕は目の前にある端正な寝顔を観察した。
眠っていても端正な男の顔。
「女の子にもてるのも…分かるかな…」
同じ姓を持つ自分でさえも、こんなにもドキドキしてしまうのだ。
眠ってる時の顔も。笑ってる顔も。そして時折見せる真剣な顔も。
全部にドキドキしてしまうのだ。
だから女の子たちがラビにときめいて、好きになってしまうのも仕方ないことなのだと思う。
でもそれでもやっぱり、ラビが女の子たちに囲まれてるのを見るのは辛くて、なんか寂しくなる。
傍にいて「寄るな触るな!ラビは僕のです!!」って言えたらどんなに楽だろうと思うけれど、そんなことできるはずもない。
恥ずかしいし、何より自分たちは男同士だから。
ラビと『恋人』と言う関係になったことに後悔はしていないけれど、それでも世間一般的には理解されない恋だから、秘密にしなければいけないんだ。
「……でもやっぱり…女の人に囲まれてデレデレしてるラビなんていやだ…」
そんなジレンマに悩まされ悶々としていたところに、ひとつ閃いたことがあった。
「そうだ!」
ポンと1つ手を打って、僕はラビの首筋に唇を寄せて行った。
□■□
朝、目が覚めるとがっちり抱き込んで眠った筈の恋人の姿は、もう隣になかった。
久しぶりに何の予定も入ってなくてゆっくり出来ることは、昨日情事が始まる前に告げていたから(だから思う存分アレンを味合わせてもらうって言う意図も込めて)ゆっくり眠れるようにと俺の為に気を使ってくれたんだと思うんだけど、相変わらずつれないさ。
俺としては朝ごはんより何より、アレンと向かえる朝をゆっくり堪能したかったんだけど。
でも寄生型イノセンスを持つ恋人が、食欲に勝てないのもしょうがないかと思い、とりあえず気を取り直して食堂に向かう。
じっくり探さなくても嫌でも目立つ食器のタワー。
間違いなくアレンはそこにいた。
それだけなら「微笑ましい」で済んだのだが、そうは言ってられないような光景があった。
「俺の隣にいてくれないのに…他の奴の隣であんなに楽しく笑うんさ?」
まるで彼女と彼氏のような、仲良く隣りあわせで座って笑いあっているリナリーとアレン。
だが決して二人がそんな関係でなどないことは、分かりきっている筈なのに、それでもふつふつとどす黒い感情が身体の奥底から湧き上がってくるかのようだ。
アレンが『恋人』と言う関係に慣れて、自然に隣に居てくれる日をゆっくりと待つつもりだったのだが、もうそれも限界に近い。
今すぐにでも引き剥がして「アレンは俺のものだ!」と宣言してしまいたい。
そう思い踏み出したその時だった。
「ラビ、おはよう♪」
「へ?」
医療班の女の子が目の前に現れた。
「あ〜、ラビvvおはようvv」
それを皮切りに、俺に気付いた何人かの女の子に囲まれてしまった。
そんな喧騒が伝わったのだろう。アレンも俺に気付いてこちらを見た。
ばちっと眼があったかと思ったら、アレンはさっさと先に視線を逸らし、平然と言った顔で再びリナリーと楽しそうに話したりしている。
それが俺には、勿論気に入らなかった。
「ねえ、ラビ。一緒にご飯食べようvv」
「ずるい!私が先に声かけたのよ!」
「ねえ、この後暇なら一緒に街まで…」
そっちがその気ならって気持ちが大きくなって、彼女たちの誘いに乗ろうとアレンから視線を女の子たちに戻すと、今まで煩いくらいに聞こえていた黄色い声はぴたりと止んでいて、何故か俺の首の辺りを見て固まっているようだった。
そして次の瞬間には、暗い表情をして全員離れていってしまった。
「な、なんさ…?」
「よう、ラビ。何して彼女たちにに嫌われたんだぁ♪」
どうやら一部始終を見ていたらしい、顔なじみで割りと親しいファインダーの一人がやっかみ半分、からかい半分で声を掛けてきた。
のだが、にやにやと笑っていた顔が、恨めしいと言いたげな表情へと摩り替わる。
「何で、おまえばかりがもてるんだ…不公平だ…」
そう言って嘆いている。
「なんさ、突然?」
「俺だって一度くらいは、独占されてみてぇよ!!」
最後にはそう言い放って、足元も荒く食堂から去っていった。
取り残された俺はといえば、奴の言葉に何かピンと来るものがあって、それを確かめるために鏡を探して走り出した。
「ははっ、やってくれるさ…アレン」
鏡に映し出された自分の顔は、恥ずかしくなるほど緩みきっている。
その下に連なる首筋に紅い痕。それは今も多分残っているであろう、アレンの首にあるものと同じ痕。
独占欲の印。
もう少しだけ待ってあげるよ。
君が俺の『恋人』であることが自然だと思える日まで。
それまでは『キスマーク』1つで許してあげる。
何だか最後は良く分からなくなってきてしまいましたが、いかがでしょうか?
あからさまには嫉妬したり出来ないけど、本当は独占したくて仕方ないんだ!
ってことが書きたかったんですけど…伝わりづらい…。
最初はアレン目線だったのに最後はラビ目線って…文才が無いのが、哀しい(T△T)
とにかく少しでも拍手への御礼になれば幸いです♪ありがとうvv